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カラダがひらく ココロがひらく 自分がひらく

心地良く自分自身でいること、ただそれだけ

すべては自分の反応で決まる

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チェンマイでは、お寺の瞑想センターで瞑想の時間を持つようにしている。

わたしが参加するのは、ドイステープ寺の瞑想センター

瞑想センターは全て英語で行われるので、世界中から参加者が訪れる。

今回は3週間滞在し、ココロにへばりついていた余計なモノをすっかりと削ぎ落としてとてもスッキリした。

 

どの瞑想センターでもそうだが、毎日お坊さんの法話(Damma Talk ダンマトーク)がある。

ドイステープ寺瞑想センターのお坊さんは、ユーモアたっぷりにわかりやすくお話してくれるので、早朝5時半から1時間のダンマトーク時間が毎回楽しみになる。

 

毎回深くうなずくことばかりだが、その中でも特に印象に残ったものを分かち合いたい。

 

何者もあなたを不快にしたり傷つけたり不幸にしたりすることはできない。

いまの自分の状態は、すべて自分で選んでいる。

すべては、自分に起こるモノゴトに対する自分の反応次第なのだ。

 

例えば上司あるいは同僚に「もっと頭の回転良くしてよ。チームの足をひっぱらないでくれ」と言われたとしよう。

これを聞いて、あなたはどう感じるだろうか。

落ち込むかもしれない。劣等感、罪悪感、失望、ひがみ・妬み、不安の感情がどんどんココロやカラダを覆っていく。

激高するかもしれない。激しい怒り、嫌悪、憎悪、うんざり、不信感の感情がどんどんココロやカラダを覆っていく。

 

しかし、これは自分がその言葉にどう反応するかで全く違ったものになるのだ。

 

「ふーん、そう見られていることもあるのか、面白い」

「この人なりにわたしにアドバイスをくれようとしているんだろうな。まあ表現の仕方を学ぶ必要ありだけどね」

この反応は、起こったことに対して距離を置いて客観的に見ている。

 

ポジティブ思考をしろと言っているのではない。

わたしはどんな感情もOKだと思っている。

その感情を持ち続けてるのか(握りしめたままにするのか)、あるいは自分はそういう感情を感じていると受けいれ、そして切り替える(手放す)のか。

 

自分がどう反応するかによって、自分の状態も変わってくる。

そしてどう反応するかは自分が選ぶことができるのだ。

 

「反応は自分で選ぶことができる。」

そのためには普段から自分やモノゴトを観察する練習が必要になる。

人は過去からの経験の積み重ね(習慣・その人のパターン)によって、起こったモノゴトに対して脊髄反射的に反応していることがほとんどだ。

自分のそのパターンを認識することで、無意識の反応(脊髄反射的反応)から意識的な反応に変えることができる。

 

反応の仕方を変えるだけで、日常が人生が劇的に変わる(良いほうに!)から面白い。

 

なんとなくでも気になったら、実験と思ってぜひ試してほしい。

人の言うことを鵜呑みにするより、自分で試してみて結論を出そう。

 

生きるって面白い!

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

 Moon Water

 

 

本質の自分で生きていく【自分の神話塾】

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わたしは中学生のときから「こんなふうに暮らしたい」とずっと思い描いてきた形がある。

それは、一年の数ヶ月はこの国のこの街、別の数ヶ月はこの国のここ、そして東京の家というように、拠点を世界に複数持ち、そこで数ヶ月毎暮らすというものだ。

 

いまや本田直之さんや沢山の人がそのような生活をしているが、先駆けは大橋巨泉さんだと思っている。(若い人は大橋巨泉さんを知らないかもね)

現在は知らないが、彼はカナダとオーストラリアにも家(そして店も)を持ち、3カ国で時季ごとに移動し暮らしていた。

中学生ながら、それがとてつもなく素晴らしいことに思えたのだ。

 

そしていつの間にか、それが実現している。

努力をしたわけでもなく、お金がたくさんあるからでもなく、自然体でそうなっていた。

巷でいういわゆる「引き寄せ」なる類のものでもない。

自分の内面が変化してきて、いつのまにか自然にそうなっていたというもの。

そして、この拠点を世界に数カ所持つという暮らし方も、内面の変化によって受けた恩恵のほんの一つにすぎないことを強調しておく。

 

 以前のわたしは感情の起伏が激しく、いつも自分が次になにをやりたいかばかり考えていた。

いつのころからか、Inner Peace(ココロが平穏な状態、いまでいうマインドフルネスに似ている)を求めるようになり、ヨガや瞑想などは多いに助けとなった。

一時期はそれに関するたくさんの書籍も読んだし、心理学系のトレーニングも参加したし、セミナーやワークショップにも参加した。

外に答えを求めていた時期だった。

 

どれも体験したそのときには一時的に盛り上がり「これだ!」と思ったものだが、結局手応えはなかった。

でもそれらの経験を通しても確実に自分のなかで変化はあった。

「外にはないんだよね、求めるものは」と感じていたからだ。

 

そのようななか、一つの講座を受講した。

「天から与えられた使命を生きる【自分の神話塾】」

 

自分が生まれ持った人生の設計図の青写真(ブループリント=パーソナルクレド)を明らかにし、それに沿った生き方をしましょうというもの。

 

自分の深い部分(潜在意識)にアクセスし、自分のなかから出てきたことを自分で言語化したものがパーソナルクレド

そこには自分の使命が表現されている。

そして、本質である自分に戻る手助けをしてくれるのが自分だけの「シンボル」。

これも自分の内側が教えてくれる。

 

こればっかりは体験してみないとわからない。

シンボルもパーソナルクレドも頭で考えて出てきているのでは決してない。

のむ子さんによる誘導瞑想のあとに、自分の内側から自然とあふれ出てくるのだ。

 

自分の神話塾の真骨頂は、このシンボルとパーソナルクレドを受け取った「その後」にある。

日常の暮らしのなかで、自分のシンボルとパーソナルクレドを指針として自分のココロに正直に生きていくと、内側にものすごい変化が起きてくる。

その変化は急激に起こるのではなく、日々のなかで少しずつ起こっている。

日数が経ち振り返ってみて、その時初めて「自分の内側のものすごい変化」を実感するのではないだろうか。

 

「自分の内側のものすごい変化」

これをきちんと言葉で表現できないのがもどかしい。

「自分のことを信じきる」ことができるようになったことも自分の変化の一つ。

上述した、自分が思い描いてきたライフスタイルが実現していたのも、この「内側の変化」による結果としての「外側の変化」なのだ。

 

わたしはこの神話塾を2年前の2014年初めに受講した。

いまは内容が一段とパワーアップしているらしい(その分、受講料も違うけどね)。

 

詳細はこちらから確認してみてほしい。

「受講対象」のところをしっかりと確認することを忘れないように!

 

「天から与えられた使命を生きる【自分の神話塾】」

 

この【自分の神話塾】を主宰しているのが、冨永のむ子さん。

他者や他のものに依存させるのではなく、しっかりと自分で立つことを強力にサポートしてくれる素晴らしいナビゲーター。

 

神話塾にいきなり申込むのは躊躇するという場合は、ぜひのむ子さんのメルマガを読むことから始めてみたら?

のむ子さんは、歯に衣着せぬ物言いで、ズバズバと本質を突いてくる。

 

のむ子さんのメルマガのバックナンバーは以下のリンクから読むことができる。

のむ子さんのブログ

 

これからも自分で体験してとても素晴らしかったものは、このブログ上で分かち合っていきたい。

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

 Moon Water

 

 

 

 

 

大切なつながり

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1ヶ月半のチェンマイ滞在から東京に戻ってきた。

いまやチェンマイはわたしにとって第2の拠点、毎年同じ時期に1ヶ月から1ヶ月半滞在している。

 

今年も素晴らしい人との出会いや体験に恵まれ、毎日が感謝に満ちていた。

その中で、これからずっと大切にしていきたいご縁がある。

初めて会ったときから、そのタイ人の彼女とはとても居心地が良い、それでいて刺激と楽しさ、そして愛に溢れた空間と時間を共有していた。

 

人とのご縁も偶然ではないと信じている。

今回彼女と深い大切なつながりができたのも、わたしにとって彼女にとって新しい展開に必要でお互いから学び合える、お互いを信じ合えるからだ。

 

いまのわたしには、表面だけのつながりはもう必要ないと感じている。

日常のなかで活動していると、なになにのグループ、なになにつながりの仲間というようにどんどん新しいつながりは増えていく。そしてそのつながりをSNSで保つ。

わたしもそうやってFBの友達数は増えていったが、自分が本当に「つながり」を大切にしたい(そして向こうもそう思ってくれている)のは実はほんの一握りでしかないのだ。

FBをビジネス上の戦略的な手段として使用している場合は話が違うと思うけど。

 

人間は社会的な生き物、つながりの中で生きている。

もちろんその場その場の出会いに対しても自分の意識をきちんと向ける。

一期一会だから。

でも、「なんとなく」で無理にそのつながりを続けようとはしない。

 

「人とのつながり」を大切にしたいから。

わたしは本当に人に恵まれている、改めて実感した次第。

 

今回のチェンマイの滞在では、そんなことがふつふつとココロに湧いてきた。

 

あなたが本当に大切にしたいつながりは?

 

(写真は、誕生日の朝、山からチェンマイ市内を望みながらの日の出)

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

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Serenity Prayer (静穏の祈り、ニーバーの祈り)

 

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先日観たフランス映画。

老齢の時計屋が口にした言葉がとても印象的で、その言葉が頭のなかで幾度となく再生されている。

変えられるものは変え、

変えられぬものは受け入れる勇気を、

そして、それらを識別するための知恵を。

 

ネットで調べたら、それは「ニーバーの祈り (serenity prayer)」という有名なものだった。(wikipediaより)

  • 英語(英語原文)

O GOD, GIVE US

SERENITY TO ACCEPT WHAT CANNOT BE CHANGED,
COURAGE TO CHANGE WHAT SHOULD BE CHANGED,
AND WISDOM TO DISTINGUISH THE ONE FROM

THE OTHER
  • 日本語訳(翻訳者:大木英夫)

神よ

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、

識別する知恵を与えたまえ。

 

すごく示唆深いステキな言葉だったので、分かち合いたいと思った。

特にいろいろなことに頑張ってしまうあなたへ。

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

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色彩豊かな音

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カラダ全体のあらゆる感覚器がふるえて喜ぶような時間だった。

里山十帖」という、素晴らしい宿に宿泊したときのこと。

 

日本の古き良き伝統と現代アート家具の見事な融合、絶景を臨む部屋と露天風呂、秋の味覚を全細胞が味わい尽くす極みの食、上質なサービス。

里山十帖の広報と化してしまうくらい…)

 

自分にとって気軽に行くことができる宿ではないが、「ここぞ」というとっておきのときに時間を過ごしたい場所になった。

 

今回の滞在で、天からのプレゼントと感じるくらいの嬉しいご縁があった。

アコーディオン奏者の岩城さん

 

笑顔がとてもチャーミングな岩城さんが奏でるアコーディオンの音は、もうマジックとしか言いようがない。

ある曲では楽しく踊りまわるように、ある曲では哀愁が静かに広がり、ある曲では異国の香りがしたりと、多彩な音やリズムからさまざまな物語と情景がうまれるのだ。

CDアルバム「水脈」は、アコーディオンで語るものがたり、とある。

 

懐かしいような、ココロ踊るような、いろいろな感情が湧いてくるアコーディオンの音はできればぜひライブで聞いてもらいたい。

弾いているときの岩城さんの表情とカラダ全体から醸し出されるものも音の一部なのだから。

  

音といえば…

一週間ほど前に地元を歩いているときに、サックスの音色にグッとココロを掴まれた。

 

ストリートパフォーマンスをしていたのは、サックス奏者の中村健佐(なかむらけんすけ)さん

しばらく聞き入ったあとに、ライブ盤アルバムを購入。

こちらも夜な夜な聞いて、豊かな気持ちになっている。

 

この秋から冬は、わたしにとって「音」がテーマなのかもしれない。

岩城さんのアコーディオンの音も、中村さんのサックスの音も、まずカラダがすごく反応した。

細胞レベルで反応していたのかもね。

 

音とカラダ、ワクワクしてきた!

もっと勉強して、いろいろ取り入れてみよう。

 

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

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なるようになる

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なるようになる。

モノゴトは必然の成り行きがある。

 

いろいろな場面で「なるようになるよ」と自分にも他者にも気軽に使っていた言葉だった。

 

しかし、先日ある書籍を読んで、実は前提に濃密なプロセスがあってこそ到達する境地の言葉だということを知った。

その内容を紹介したい。

なるようになるとは、投げやりに生きることでも、楽観的に生きることでもありません。先のことなんてわからない、ということでもありません。

 

「なる」という言葉にはいろいろな使い方があります。
完成する、成就する。前とは違う姿になる。なりゆきで「なる」のではなく、「完成する」「成就する」までにどれだけ濃密なプロセスがあるでしょう。そのプロセスがあるからこそ、結果がどうあっても『実り』がある。

 

自分が積み重ねたそのプロセスを信じられたら、あとは宇宙に任せてしまう。どのような形で『実り』がもたらされるのかわかりません。『実り』とは思えないものかもしれない。でも、それすら成長の糧にできることなのです。

 

わたしたちはひとりで生きているわけではありません。宇宙に抱かれながら、他人の力にも支えられながら生きているのです。そのことを実感できると、何事にも頭が下がる。そして自分が受け取ったものの有り難さと尊さに思いが至ります。

 

「なるようになる」とは、そのような深いプロセスの上に到達する境地なのです。

                   「こころ歳時記」吉元由美著 

                    ディスカバー・トゥウェンティワン 2012

 

「自分が積み重ねたプロセスを信じられたなら」

まず自分ができることを全力でやるということ、そしてそのその自分がやったこと・やってきたことを信頼すること。

そこで初めて「あとはお任せします」ということになるわけだ。

 

これを読んで、表現できないような強い衝撃を受けた。

わたしはこれまで「自分の都合の良いように」この言葉を使ってきたのだ。

まるで自分自身に言い訳するかのように。

楽だもんね、努力もしないで、なるようになるって言っていれば。

でも、自分の可能性にチャレンジせずに、これは自分を軽く扱ってきたということでもあるんだな。

ごめんなさい、わたし。

 

昨日、ある講座に参加する予定でいたが、家を出るときにこの時刻では遅刻確実だということに気がついた。

わたしは、仕事の打合せも友人との待ち合せも映画・ワークショップなどあらゆるものの開始時刻の20分前くらいには必ず会場あるいはその付近に到着するようにしている。

それが、昨日はなぜか自分のなかの時間感覚がズレていた。(新月の影響か?)

 

コーディネーターにはすぐに連絡を入れた。

するとゲスト講師の舞(日本舞踊)が最初にパフォーマンスされるという。

 

わたしは決心した。

走るなりなんなりして急ぐだけ急ぐ(自分にできることはやる)、そしてあとは天にお任せします!、と。

 

そういう時に限って、2回も電車乗換をする。乗換駅では、階段を一段飛びで駆け上がり(無意識だとできるんだ!)、疾風の如く駆け抜けた。

そして会場は駅まで徒歩20分という距離。

駅に到着したときは開始8分前。

バスもあるようだったが、即断して走ることに。

 

家を出てから最終の駅に到着するまで時計は一切見なかった。

そして電車に乗っているときも、走っているときも、不思議と焦りは全く感じなかった。

走っているときなんて、自然と顔に笑みが広がっていた(相当不気味なヤツだと思われたに違いない)。

自分がいまできることを全力でやるって気持ちいいー!と感じていた。

(そもそも遅刻しそうな時間に家を出たことをすっかり忘れている)

 

 

そして、パフォーマンスが始まる前に間に合った。

会場に到着したときは、ゲスト講師の挨拶の最中だった(12分間で走りきった!)。

 

なるようになる、を実感したエピソード。

えっ?それかい??と突っ込みを入れられそうだけど、わたしにとっては吉田さんが言っていた「なるようになる」を体感したのだ。

(深いプロセスはなかったけどね…)

 

自分ができることを全力でやった、という充実感があれば、どんな結果も大丈夫、自然と受け入れられると感じる。

 

あなたはどんな時に「なるようになる」という言葉を使っている?

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

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