カラダがひらく ココロがひらく 自分がひらく

心地良く自分自身でいること、ただそれだけ

聞くということ

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他者の話を聞くことは、簡単なようで奥が深い。

最近は、「傾聴」「アクティブ・リスニング」の言葉もよく耳にし、関連書籍も数多く出版されている。

でもね、小手先の技術じゃないんだな〜、とつくづく思う。

 

わたしがココロにいつも留めているのは、次の2人が教えてくれたこと。

 

ミヒャエル・エンデが描いたモモ

小さなモモにできたこと、それはほかでもありません。
相手の話を聞くことでした。
なあんだ。そんなこと! とみなさんは言うでしょうね。
話を聞くなんて、誰にだって、できるじゃないかって。

でもね、ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものですよ。
この点でモモは、それこそほかには例のないすばらしい才能をもっていたのです。

モモに話を聞いてもらっていると、今まで、気が散って、自分の考えがまとならないな~という人でも急にまともな考えがうかんできます。
モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりした。
というわけではないのです。
彼女はただじっとすわって、注意ぶかく聞いているだけです。

その大きな黒い目は、相手をじっと見つめています。
すると相手には、自分のどこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考えがすうっとうかびあがってくるのです。

モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は急に自分の意志がはっきりしてきます。
ひっこみ思案の人には、急に目のまえがひらけ、勇気が出てきます。
不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます。

 

鈴木秀子さん

アクティブ・リスニングとは、たとえて言うなら、川を流れていく花束と小舟です。話し手という花束が川を流れていたら、聞き手という小舟は、ただひたすら寄り添いながら漕ぎ続け、花束が広くて自由な大海に出るまで見守るのです。その花束を拾ったり、向きを変えさせようとしたりすることなく、花束が自ら大海へ出ていくことをサポートしなければなりません。

「あなたは生まれたときから完璧な存在なのです。」(文藝春秋 2014)

 

 ビジネスでクリティカル・シンキングなどに慣れている人ほど、人の話を聞きながら、分析やら評価やら質問やらしたがる。

ビジネスの場面では有効なやり方だろう。

 

でも日常のなかで、アクティブ・リスニングが必要な場面が多いのも事実。

 

前出の鈴木秀子さんは、ドイツの思想家ルドルフ・シュタイナーの言葉も紹介している。

シュタイナーは、人の言葉に耳を傾けるときには「自分自身の内なるものが完全に沈黙するようになる習慣」こそが必要だと説いています。

 

話し手に寄り添い、全身全霊で話し手の言葉を、話し手を受け入れる。

一朝一夕にはできない、練習あるのみ。

 

 

 

カラダとココロを元気にするプログラム

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